2013年3月27日水曜日

2月の活動♪

今さらですが、2月のJ中学校での活動の様子を写真でバーッとお届けします(^_^;)

3年生の物理。

フレミングの左手の説明中。
「手がこんなんなっちゃうけど~」
ってしながら解説(^_^;)
 
一緒になって真面目に左手やってる女子と、鼻ほじりながらこんな態度の男子。
インドネシアの授業態度は、こんなもんです・・・(-_-;)
人の話の聞き方はは、態度もしっかりして聞きましょうなんてのは日本だけの話。
ようやく、こんな鼻ほじり態度でも授業中に怒りが爆発しないようになってきた・・・彼らの文化がそういうものだと受け入れられるようになったんだろうな。


Ekstra FISIKA~課外物理クラブ~

この日の実験は、『身近にあるもので電池を作ろう』の巻(´▽`)ノ

みかん、きゅうり、トマト・・・

豆腐!!

みんな興味深そうに電圧が生じていることを確認しにきています。

このEkstra FISIKAが、私が実験をやっていて面白いらしい…という口コミのため、他の課外クラブから生徒がちらほら移ってきて、最初7人だったのが、今では13人に(@_@;)

やっぱり生徒は実験が好きなんだよね~。
そんな生徒が先生に言わない気持ちを、接する生徒の姿から察してほしいな。

豆腐に亜鉛板と銅板をさしての測定~。 なんとこれが一番大きく電圧が生じたの!!
生徒もウケてたわ~(〃▽〃)
 
 
スラウェシ島に派遣されている後輩隊員が、ジョグジャカルタ旅行のついでに寄ってくれました♪
一緒に歌を歌ったり、習字の授業でコメントしてくれたり。
 
自分の活動先に友だちが来てくれるっていうのは、なんだかうれしいね♪
皆さんのお越しもお待ちしておりますo(_ _)o
Terima kasih banyak mbak MIO❤
 
 
 
Ekstra FISIKA(その2)

豆腐にコインを刺して電池!!
インドネシアにある100ルピアコイン(アルミニウム製)と、500ルピアコイン(クニンガン製:青銅含む)でも電池になります。

これで、インドネシアでよく発生する停電でも、豆腐とコインがあれば豆電球くらいは着くね~って笑い話も。


実験は、こうやって日常生活と結びつけることで、その現象を生徒たちはよりインパクト強く記憶してくれるのだと私は思っています。
時間が許す限り、実験を通して、生徒の理科への興味を高めていこう!!
 
 


Ekstra FISIKA(その3)

生徒から「液体でやってみたい!!」との要望があって実現したこの回。
そう、私はこういう生徒の声を待っていた~!!

得た知識があるからこそ生まれる新たな疑問。理科は、そういう次に生まれる「なぜ?」とか、「知りたい!!」が大事なんだよね。

実験を次々と生徒が積極的にセッティングするようになってきた♪ そうそう、こういうのがイイの~!!
ワークシートへの観察結果や気が付いたことなどの記入も、素早くなったし、それぞれが使う言葉のオリジナル性も出てきたの♪ このクラブの活動が、普段の授業への取り組みにも影響しますように・・・

この「電池を作ろう」シリーズの最後は、『人間電池』。
 しかし、これは結果がなかなか安定せずに苦戦。でも、人によって違うとか、手に水を付けると電圧が大きくなるとか、基本的なことは見えたから充分かな(^_^;)
 
先生はカンペキだ!!になりすぎると、生徒は委縮しちゃう。 先生が分からないことがあっても良いto
思うし、そういうのを一緒に勉強していこうね、とか、もうちょっと調べてくるね、っていうので生徒は先生をちゃんと信頼してくれる。
学校は、生徒だけが勉強するところじゃない。先生も、目の前の一緒にいる生徒と共に勉強していくもの。 先生がその時「分からない」と言っても、それは恥ずかしくない。最終的に解決させられたらいいのだと思う。
先生が正直に「分からない」とか、間違えたりすることで、生徒も安心して自分の意見を言えると思うんだな。


ということで、ダイジェストでお届けしました2月の活動(´▽`)ノ
3月4月は、3年生の全国統一卒業試験対策&実施のため、学校はそれのための諸々で、1,2年生の授業もあんまり行われない感じ。
開店休業の状態が続くけれど、またこんな生徒との活動の様子が始まったら、ブログに書いて行きますね♪


2013年3月17日日曜日

今がG氏の季節???

一週間とか家を留守にして帰ってきての一番の心配事は、G氏がいるかどうか…


もちろん、長期(2~3日でも)家を空ける時は、必ずめっちゃ掃除してから行くんだけど。。。
小さな同居人たちの運んできた砂とか、ウ○コとか、そんなのは大したことない。

トイレ(水浴び場)のドアを開けるときのドキドキ感は相変わらず慣れないわ・・・(-_-;)

さて、今回はというと・・・
トイレにはいなかった。

けど・・・

初めて!!
寝室にいた!!!!!
ほうきで部屋を掃き掃きしていたら、カーテンにくっつく茶色い物体。
でたー!! G氏。
やだーもー・・・
「ひゃー!!!」って思わずさけんでから、ほうきでバシバシ!!
殺虫剤を持ってくる余裕もなかったからね。。。(>_<)


昨日の夜は、G氏はトイレに出没。
殺虫剤と水攻撃で排水溝に流す。。。


そして、なんだか今日はG氏のお子様が2人もいらして。。。
大人のG氏は、あまり飛ばないんだけど、子供は飛ぶ。。。
体が小さくて、身軽だからか???


我が家の裏口の出たところに、穴がたくさん開いている。
これがG氏の家らしい。
この前、でっかい緑の虫を運んで穴に入っていくのを目撃してしまった。。。


穴をふさぐのは難しい。。。
今は、そこに防虫剤を埋めてみてる。

あーあー。
G氏の季節なのかー。
ま、仕方ない。。。



2013年3月16日土曜日

あと200日・・・

もうすぐ帰国する先輩隊員の任地訪問と、これまたもうすぐ帰国する先輩隊員(別の)の最後のバリ旅行に一緒に行っていて、ブログ更新できてませんでした。。。o(_ _)o

任地訪問のお話などは、また後日ということで・・・


今、このブログを開いてふとカウントダウンカレンダーを見たら『残り200日』となっていた。
1年を過ぎてから、あと何か月・・・、これから新たに経験することは全て最初で最後・・・、と思っていたけれど、こうやって実際に日々減っていく日数を目にすると。。。なんだかね・・・(^_^;)


仕事をちゃんとしないインドネシア人、時間を守らないインドネシア人、真剣な話でもヘラヘラしてるインドネシア人。。。もうなんなんだよ~!!! って思ってた最初。

でも、いつしかそれが、心地よく仕事をするインドネシア人、人との付き合いを大切にするから時間に遅れちゃうインドネシア人、いつも幸せでいたいから笑顔を大切にするインドネシア人。。。って、インドネシアで生活して、インドネシア人の話せる友だちができて、インドネシア人の普段の様子をよく知るにつれて、自然と変わっていった私のインドネシアに対する感覚。

今、支援に行っている配属先でないJ中学校は、この春に募集開始となる協力隊員への派遣要請を出している。
昨今の応募者不足もあり、去年1年の2回の募集に出していても隊員が決まらなかった。
私が帰国する前に、次の人が来ることはもうない。
最速でも、私が帰国した後の次の年2014年1月(実際の現地赴任は2月かな)。
もし、次の春募集でも決まらなかったら、帰国後に間に合う秋募集に自分でもう一度応募して、このJ中学校でまた活動しようかなとか、なんだかそんなことも頭に浮かんだり。。。

縁があってつながったインドネシアと私。
任期終了して帰国しても、インドネシア語を忘れたくないし、私が体験した本当のインドネシアのこと(報道で知る以外の)も忘れたくない。

『先を見据える』日本人にとって、あと200日というのは短く感じる。
けれど、『今を生きる』インドネシア人にとっては、まだ200日もある、と言う。
見え方はお互いに違うけれど、ある時間は同じ。
日本人が後回しにしがちな、『今を生きる』ことを、私はインドネシア生活で大切にしようと思う。


2013年3月4日月曜日

隣の学校であっても・・・

本当に私の活動を通して改善しようとしているのか、相変わらず分からない配属先I中学校。
事実がどんなであれ、「自慢ネタ」のための私は「配属先」という足かせがある以上、「来い」と言われたら、とりあえずは行かないと…と思うのは、私が日本人だから…??かな。。。
配属先にへそを曲げられたら「即帰国」。
隣のヤル気のあるJ中学校への支援ができなくなることを、私は絶対にしたくない。だから、そのためにこのI中学校のご機嫌取りが必須。
ほんとにまったくもって納得いかないけど、何回事務所に言ってもダメ。

ま、前置きはそのくらいにして・・・


今日もとりあえず、I中学校に行った。
そして、これまで観察してきた先生方の授業についての所感、課題について作成したレポートを校長に提出。
本当は先週のうちに出すはずだった。
でも、校長に会えなかった。。。


ま、これもさておき・・・

今日のI中学校は
・3年生:卒業統一試験対策用の県から指定される模擬テスト(宗教)を1時間半実施。帰宅。
・2年生:通常授業
・1年生:休み。(理由:3年生のテストの邪魔になるから)←意味分からん??先生が指導すれば済む話だけど。

今日のJ中学校は
・3年生:I中学校と同様に模擬テスト。終了後、通常授業。
・2年生:通常授業
・1年生:通常授業

隣の学校で、こんなにも違う。
生徒にとっては、まぁI中学校は休みがあるからうれしいわな。
先生にとっては?? そう。I中学校は1年生担当の先生は休む(勝手に)。3年生担当の先生は、テスト終わったら帰る。2年生で授業のある先生だけが仕事(でも、授業ある時間だけ来る)。だから、先生にとってもとっても都合のいいやり方。
自分たちで授業時間減らしてるのに、「時間がないから○○…」という言い訳ばっかりする。

I中学校で、校長にレポートを提出した後、物理の課外クラス実施のために、私はJ中学校へ行ったんだ。
そしたらJ中学校には生徒も先生もいつも通りいたから、アレ??って思って先生に聞いてみたら、そんな違い。。。

学校という場所で、一番大切なのは生徒なはず。
でも、I中学校は、先生の都合で生徒がめいっぱい振り回されてる。1学期では4回の時間割変更。1月から始まった2学期ではもうすでに2回目の時間割変更。先生の都合で。生徒のこと全く考えていない。
J中学校は、1学期と2学期に行わなければならないカリキュラムの都合で時間割が変更になってるだけ。

インドネシアは、過程よりも結果重視。
だから、カンニングもある。今までがどんなであっても、終わりよければすべて良し。日本のことわざの意味とは少し違うと私は思うけど。

隣の学校でも、こうも違う。
さて、これを地域社会は知っているのだろうか??
それぞれの学校に通わせている親は、その学校のことは知っている。
けれど、そもそも「自分は自分、他人は他人」という個人主義の強いこの国では、他人のことは本当にどうでもいい。
たとえ、隣の学校がそうだとしても、「あ、そうなのね」で終了。
学校にとっては幸いなことに、悪い噂なんてものはたたない。

I中学校の職員で、J中学校に子供を通わせている人がいる。
どうなの??って個人的に聞いてみた。
何人かいるのだけど、みんな同じで「J中学校の方がきちんとしている」と話した。
自分がI中学校で働いているのは、お金のためだからであり、けれど、子供の教育を考える人は、I中学校のシステムには不満があるから、J中学校に入れる。
けど、じゃあI中学校もJ中学校の良いところを見習って変えてみたらいいんじゃないか??と私は思うけれど、そうはならない。。

他と比べないで、自分の思うことをやることは悪いことだとは思わない。
でも、色々な集団の中で、みんながみんな「自分はこう思うからこうなんだ!!」ってしたら、集団の機能はどうなるんだろう。。。

インドネシア。難しい。。。。


2013年3月3日日曜日

インドネシア人から見た日本人・・・

昨日、インドネシア人友だちとゆっくり話をする時間があった。

いろんな話をしたんだけど、その中で、日本人に対するインドネシア人の話になった。


インドネシア人は親日家と言われいてる。日本では・・・の話。
でも、それはほんの表面。
多くのインドネシア人は本当のところ、そういう気持ちの人は少ない。

第二次世界大戦のころ、オランダと手を組んでいた日本は、インドネシアを攻めた。占領した。
インドネシアの独立に、日本が力を貸したと、日本では習う。
インドネシアでも、そのようには習う。
けれど、強いのは「日本がインドネシアを占領していた」という事実。
日本は、長年インドネシアを支配してきたオランダと手を組んで、インドネシアを攻めてきた悪者。
日本に原爆が投下され、インドネシアにいた日本軍は日本に戻った。
日本がインドネシアから撤退した。
だからインドネシアが自由になった。。。悪者がいなくなった。

「なんで日本は今、インドネシアに支援をしているのか?」

戦争体験のあるおじいさんおばあさんがいる家庭では、彼らから当時の話を聞く。
だから、「日本人は良い人」というイメージはない。「悪者」というイメージだけなのだ。
そして、日本がインドネシアを支援するのは、かつての悪さがあったのだから、当然のことだ、と。

私は、「困っている人がそこにいる。私にできることがあるなら、手伝いたい。」それだけだった。
でも、そういう気持ちは、インドネシア人には理解ができないこと。
だから、なんとなく分かった気がした。
配属先のI中学校が、隊員を「うまく使ってやろう」と考える意味が。


活動しているJ中学校の体育の先生。
彼は生徒のことを思って授業をする先生。少し、先生の授業を見せてもらったこともある。
私は別に体育の先生でもないけれど、何か先生の力になれたらなぁと思っていることを話した。
そしたら・・・
その体育の先生は日本人が好きではない・・・と聞かされた。私に対しても、良い感情は持っていないと。
挨拶をすれば笑顔で返してくれる。けれど、その本心は、違う。。。
だから、その先生にかかわらない方が良いと言われた。
その先生は、私がかかわってくるのを望んではいない。私がかかわれば、余計に気分は悪くなる。
海外で仕事経験のあるそのインドネシア人友だちは、国によって歴史の認識が違うことを知っている。
だから、友だちは私にそう言ったんだと思う。

私は話をしていくうちに、涙があふれてきた。
悔しいのか、悲しいのか、不甲斐ないのか、なんなのか分からない。
日本おかしいよ…と、インドネシア人の感情を考えたら、どうにもこうにも表現が涙にしかならなかった。
インドネシア人は優しい。特にジャワ人は、怒りの感情を表に出さない文化がある。心に思うことがあっても、表面上はきれいに接する。
そんな彼らの表の面だけを知る日本人は、とうてい彼らが思っている本当の気持ちは分かっていない。でも、その知った表面だけで、日本はインドネシアとかかわっている。
大きく間違ってる…と私は思った。


日本人は、「インドネシア人は親日家だ」という日本での報道に甘んじてはいけない。
日本が支援しているということを、インドネシア人が本当はどんな気持ちで見ているのか。
本当の気持ちを知り、そしてその気持ちをしっかりくみ取って、かかわっていかなければならない。

日本企業のインドネシア進出は、確かに人件費などコスト面で日本にとって有益だろう。
でもそれは、インドネシアにしてみたら、やり方は違えど、戦争の時と同じで、インドネシアを都合よく使っていると、本心はそんな感情もかなり多くあるんじゃないだろうか。。。
もちろん、インドネシア人の雇用を生み出し、インドネシアの経済発展に寄与するというのはあるだろう。でも、でも・・・
日本人は、本当のインドネシア人の気持ちを知り、しっかりと配慮することを大切にしなければ。


ふだんは、くだらない話をして、どつきあいしたりしてるこのインドネシア人友だち。
けれど、インドネシア人の本当の気持ちを知っていて、外国人の気持ちが違うことも知っているから、インドネシア人に私が傷ついてしまわないようにと守ってくれる。
この友だちと出会えなかったら、私は真のインドネシア人を知らずに、知ったかぶりの恥ずかしい日本人のままだったと思う。。。
そして、社交辞令のインドネシアを、単純に「うわべだけ整えて嫌な感じだ」と思うだけだっただろう。。。
辛いのは私じゃない。日本人への複雑な感情を持ちながら、日本人と接しなければいけないインドネシア人なんだ。


人の本当の気持ちに配慮できる人間になりたいと思った。


2013年3月2日土曜日

生徒に頼まれた補講・・・

そもそもの配属先中学校のことについて、どこまで書いたんだったかな・・・

書かない方が…と思ってたことがたくさんで、書いていなかったかも。

*******

配属先のI中学校((今さらイニシャルトークにしなくてもww)は、私で隊員2代目。けれど、まずそもそも協力隊、もとより、JICAが何なんだかちゃんと分かっていない。。。
いや、最近思うのは、分かってるけど、「タダで働く人が増える。しかも日本人。へへへ・・・うまいこと使ってやろう」的な感じ。
気の強い私は、そんなうまいこと使われるために来たわけじゃない!!と、何度も何度も自分が何のためにここに派遣されているのかを訴えるけれど、返事は「分かってる」、でも実態は違う。

指導法改善したいからということで要請されてきたのに、実際はそんなこと考える先生たちはいなかった。
自分が楽をするための私。先生がやるべき仕事なのに、なんだか私にうまいこと言って代わりにやらせたり、授業提案をしようものなら、「あなたがやった方が生徒が喜ぶわ♪」なんて言って、全クラスさせようとして、しまいには自分は授業に来なかったり。。。

そんなこんながあって、「頑張る人の支援がしたい」と思ってやってきた私は自分の存在意義に悩む。

悶々とした時間を過ごし、ようやくもうすぐ1年を迎えようという去年の9月からとっても意欲的なJ中学校での活動が始まった。
もともと、県の教育局からはJ中学校への支援も含めてほしいと言われていたのだけれど、学校の名前、ううん…校長自身のステイタスのために私がいなくなることを阻止したいI中学校校長は、なかなか話を進めなかった。
これが、「配属先」という足かせのめんどくさいところ。
明らかに間違っているのに、他に待っているところ(確かにJICAそして隊員が何をする人なのかを理解している)があるのに、支援を届けられない。。。

********

とまぁこんな感じ。
その後、今に至るまでいろんなやりとりがあったけど、とりあえず省略・・・(^_^;)

で、先月2/12、このI中学校に週4日来いという校長からの呼び出しがあった。
もっともらしいスケジュールが添えられて。
とりあえずスケジュールに従ってみたけど(配属先という足かせのため)、やっぱりそれは形だけのもので、何の実もない。
・・・・中略・・・・


ということで、前置き長すぎましたが、ここからやっと本題・・・o(_ _)o

昨日、図書室で資料整理をしていたら、3年生の女子がやってきた。
「この問題の解き方教えてください」

全国統一の卒業試験が4月末にある生徒たちは、今ようやくヤル気がで始まったころ。
解説が終わった後、なにやら生徒たちコソコソ話・・・

再び私のところにやってきて、「補講をやってもらえませんか。。。」
へ???
この子たち、別に去年教えたわけでもないし。。。よく分からないけど、とりあえず彼女たちが勉強を望むのだから、これはもちろん手伝うわ~♪
彼女たちのスケジュールと私の予定を合わせて、まずは明日(つまり今日)やることになった。

そして今日・・・
約束の時間に学校に行ってみた。いない・・・
この子たちも社交辞令の世界なのか・・・あの時の一時的な気分の盛り上がりだったのか・・・
とりあえず学校一周して探してみたけど、やっぱりいない。。。
こっちから約束を頼んだのなら待ってるけど、私は頼まれた側なんだから待ってる必要はない!!と
いうことで、帰宅ww(徒歩1分)

あ~あ~と思いながらわざとインドネシア語で約束を守ることについてFBに書こうかなぁ~なんてしていたら、私の家の前に生徒たちがやってきた(約束の時間から40分後ww)
おぉ~彼女たちは、インドネシア文化の『時間にルーズ』なだけだったのかー(-_-;)
FBに文句書かなくてよかった♪と思いながら、学校に行って補講開始(´▽`)ノ

彼女たちに聞いてみた。「なんで私に補講頼んだの??」
生徒「先生の説明が分かりやすいから」
私「あなたたちのクラスで教えたことあったっけ??」
生徒「ないけど。。。昨日、質問した時に教えてもらったのが分かりやすかったから…」

なんとまー。あの1回でですか??

それにしても、なんでいつも教えてくれる先生に質問しないんだろう??
生徒「分かりにくい・・・」

その先生は、生徒に「質問があったらいつでも来なさい」と言ってくれるらしい。
でも、実際に質問に行くと、得られる解説が非常に分かりにくい。
だから、結局のところ解決にならないので、聞きに行きたくないんだってさ。
他にも理科の先生はいる。でも、そういう先生に聞きに行っても、結局は授業担当の先生に聞きなさいとたらし回しなんだそうだ。
あ~あ~かわいそうな生徒たち(>_<)
ほんと、この学校の先生たち生徒のこと何も考えてない。殿様商売もいいところ。だから改善すべきなのに。。。でもやらない。。。それは、全国卒業試験に100%通過しちゃうから。大事なのはこの事実だけだから。

そして補講が終わり、最後に生徒が言ってきた。
「この補講の授業料はいくらですか??」
何????????
生徒たち曰く。学校の授業が終わった後のこういう特別なものは、お金を払うことになってるそうだ。てか、勉強だよ?? 先生の仕事は生徒に教えることだよ?? それでもなの???
生徒らには、「先生は生徒に教えるのが仕事。だからお金はいらないよ。」と。生徒たちかなりビックリしてた。
そして、また次回の約束をして、さようなら。

そっかー。そういうことかー。この国で、「ボランティア」という気持ちが理解されないのは、こういう生活からきてるのかー。

そうそう、ちなみに今回の補講は過去問の解説。
3年生のこの時期の授業時間は、卒業試験に向けて、とにかく過去問をさせられる。(先生ヒマ時間)
そして、過去問やらせるだけで、解説がないという。
せめて正解一覧(4択なので)とかだけでも配られないのか??と思うけど、それもないんだって。。。
じゃあ、生徒はいったい何を間違い、何が正しいのか分からんじゃないか!!
この学校のひどい様子、これでだいぶ伝わった??


ということで、今回のお話はここまで~。
長すぎた・・・ね。。。
明日も長く書けるかな?? (笑)


2013年3月1日金曜日

3月ですね・・・

早いもので、2月も終わってしまった・・・

ブログを書くのにいろいろ悩んでて。
というのは、ブログは不特定多数の人が見るもの。
裏の事情も書きたいこともあるけれど、それがよそにどう影響するのかとか考えると、心の中の葛藤も素直に書けないところもあったり・・・。

けど、前回書いたように、協力隊同期で同職種のkoppyのブログを読んでいると、自分の葛藤も素直に書いているし、変だなと感じるところも、彼女の視点で書いてある。
協力隊という看板を背負っているがために、日本の国益のために、おかしいなと思うことがあっても、それなりに体裁を整えて書かないといけないとか、なんかそんなことを考えている自分が、本当はどうなんだろう・・・と考えさせられた。

でもね、やっぱり素直に感じたこと、体験したことを書くべきかなと思ってきた。
少し、気持ちをゆったりと広げて、ブログを書いていこうかな。
だって、私の経験していることは、すべてインドネシアの日常なんだから。
報道で知るインドネシアとは違うところがたくさんある。
ジャカルタにユニクロができるとか、バイクや車の販売台数がスゴイとか、日本企業の進出がどうとか、そんな話は、はっきり言って私の暮らしている地域ではあんまりピンとこないし、結構どうでもいい。
インドネシアがめちゃくちゃ発展していってるっていう感は、ジャカルタだけの話であって、それ以外の地域ではそうでもない。
ジャカルタではそうであっても、地方ではそうじゃないことがいっぱい。
国としてはこういう風に政策してますよ~って言っても、それが末端まで浸透しているかといったらそれは全くと言っていいほどナイ。

協力隊の活動を知ってもらうと思って始めたブログ。
私の活動や、私がインドネシアで無事に暮らしてますよっていうことを伝えることを重視していたから、どんどん書けなくなっていった。
思うようにやれない活動とか、身体はいたって健康だけどメンタル的にショックがデカイとか、なんだかそんなネガティブなことを書いたら、心配されてしまうとか協力隊って何しに行ってんだ!!とか思われるのが申し訳ないという想いが強くて。。。

で、脱そんなブログ宣言!!
もうあと実質半年くらいだもの。
かっこいいことばっかり書いてるのはダメだ!!
私が実際にこの目で見て、体験していることは、本当に貴重なものであって、それをこうやって伝えられるツールがある。
正直に書けば、非難を受けることもいっぱいあるんだと思う。
でも、その正直な気持ちや考えは、ここで暮らしているからこそのものなのだから、「そんな風に考えることもあるんだ」って、ひとつの事例としてとらえてもらいたいと思う。


ふ~(^_^;)
なんか、ばーって書いちゃったけど、勢いってのは大事なのだ!!
では、また~♪